伝統芸能
分野別カテゴリー: まちづくり
踊りを通して、人と人のつながりを紡ぐ 中山の虚無僧踊(鹿児島市中山町/県指定無形民俗文化財)
鹿児島市中山町に伝わる「虚無僧踊り」は、扇子・尺八・小太刀・六尺棒という4つの道具を操りながら勇壮に踊る、県指定無形民俗文化財である。昭和38年の指定以来、地域の人々の手によって受け継がれ、平成28年には長年の活動に対して県から文化財功労者の表彰も受けている。今回は、保存会で長く踊り手として活動してきた田島さんに、踊りを通じて生まれる人と人のつながりについて話を聞いた。
踊りの由来には、二つの言い伝えが残る。一つは、幕末に薩摩藩の様子を探ろうとした密使が虚無僧に姿を変えて中山へ忍び込み、その振る舞いに怒った農民たちが立ち向かったという話。虚無僧は扇子、尺八、小太刀と得物を替えながら応戦し、最後には農民たちが打ち破られてしまったと伝わる。もう一つは、より古い時代に武士がこの地へ棒術を伝えたことが始まりだとする説だ。虚無僧役と、それを取り囲む農民役とで異なる動きを踊り分けるのは、この言い伝えに由来するもので、単なる振り付けではなく、この土地に生きた人々の記憶を体で受け継いでいく踊りだと言える。
戦時中は担い手の多くが出征し、踊りが途絶えかけた時期もあったという。それでも戦後、地域の人々の手によって輪が結び直され、今日まで続いてきた。一度絶えかけたものを、誰かがまた立て直してきた――そうした積み重ねも、この踊りが大切にされてきた理由の一つだ。
一週間に懸ける、ひと夏の練習
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本番に向けて練習が行われるのは、例年7月末から8月頭にかけての一週間。月曜から土曜まで、暑さを避けて夜7時から8時半ごろまで、公民館の庭で汗を流す。虚無僧と二人の農民(棒使い)――三者それぞれ異なる踊りを、まずは自分のパートとして覚え、その上で全体の連携を取っていく。三者とも踊りが違うため、子どもたちには覚えること自体が大変な作業で、数年かけて一連を覚えていくのだという。
今年の参加者の中には、部活や塾で忙しく一、二年参加できなかった子が、久しぶりに戻ってきた姿もあった。周りは変わらず「おかえり」「また一緒にやろうね」と迎え入れる。この温かな迎え方こそ、田島さん自身がかつて経験してきたことでもあった。
田島さんが虚無僧踊りを覚えたのは中学生の頃。中学一年から三年までの3年間、練習に励んだ。しかし高校に進むと学業などで忙しくなり、大学では県外へ。就職してからもなかなか踊る機会がないまま、数十年の月日が流れた。転機となったのは、地元に戻ってきたタイミングだ。当時、父親が保存会の役員を務めており、「久しぶりに参加しないか」と声をかけられたことがきっかけで、数十年ぶりに踊りの輪へ戻ることになった。
「私も親の代から、さらに祖父の時代からずっとこの踊りをやっていたので、久しぶりに戻ってきても『誰々の孫だ』『誰々の子だ』というふうに、周りの人たちが迎え入れてくれるんです」と田島さんは振り返る。それを今度は自分の子どもたちへとつなげていけることが「すごく幸せなこと」だと語る。
実際、田島さんの子どもたちも今、踊りに参加している。現在は県外に出ている子もいるが、「機会があればまた戻って踊りたい」と話しているという。世代を超えて受け継がれていくこの関係性は、田島さんにとって「自分の居場所」を実感させてくれるものでもある。
消防団から広がる、新しいつながり
一方で、地域の状況は昔と同じではない。かつて活動の中心だった4つの町内会は結びつきが弱まりつつあり、どの町内会にどんな子どもたちがいるのかも把握しづらくなっているという。中山小学校でも以前は総合学習の時間に踊りを披露していたが、児童数の増加とコロナ禍を経て、その機会は途絶えたままだ。見学だけでもいい、踊らなくてもいいので、まずはこの町内にこうした文化財があることを多くの人に知ってもらうところから始めたいと田島さんは話す。SNSや小学校を通じて、参加のハードルを下げようという模索が今も続いている。
そうした中、新しいつながりを生んでいるのが地域の消防団だ。もともと踊りの担い手は地域の青年団が中心だったが、その流れを汲む形で、今も消防団に入った若者たちが踊りに参加するようになっている。地域に新しく越してきた人が消防団に加わり、そこでの密な関係性がきっかけとなって踊りにも参加し、さらにその子どもたちが踊りを継いでいく――そんな新しい流れが生まれているという。
消防団の人たちは小学校の朝の交通見守りもしているため、地域の子どもたちと顔なじみになっていることが多く、声をかけることもあるという。子どもたちにとっても、いつも見ているおじさんたちが踊っているという安心感があるようだ。血縁だけでなく、地域での出会いを通じて、この土地に来た人たちにとっての新しい「ふるさと」がまた一つ生まれている。
続いていく思い
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本番の締めくくりに待っているのが、恒例の打ち上げだ。「近くに住んでいても、みんなそう頻繁に会うわけではない」からこそ、久しぶりに顔を合わせて世代を超えて杯を交わすこの時間を、参加者みんなが心待ちにしているのだという。
打ち上げはただの宴席ではない。一週間頑張った子どもたちには、賞状とちょっとした記念品(かつては図書カード、今はマクドナルドのカードなど)が贈られる。人前に呼ばれた子どもたちは、一言ずつ挨拶をする。「夏休みのいい思い出の一つにしてもらいたくて、毎年そういう形にしています」。
もっとも、虚無僧踊りは一組三人、最低でも5組、総勢20人ほどが揃わなければ踊ることができない。実際に踊りで集まるのは、夏の奉納を中心に年数回ほどだという。だからこそ、この一週間と打ち上げは、離れて暮らす世代や家族が改めて顔を合わせる、かけがえのない時間になっている。
隣に住む人の顔さえ見えにくくなったといわれる時代にあって、世代を超え、血縁を超えて人がつながり続ける場所は、決して当たり前にあるものではない。伝統を絶やさないためという思いと、この居心地のよい場所を誰かと分かち合いたい――そんな思いが、久しぶりに戻ってきた人を「誰々の孫」と迎え、新しく来た人も新しい仲間として迎え入れながら、この夏もまた中山の地で踊りの輪を受け継がせている。
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