レポート・インタビュー

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2023.07.27

インタビュー:<いきもの>と島に暮らす

 

心に浮かぶままに、遊ぶように、自由でのびのびと動物や精霊の絵を描くミロコマチコさん。長く暮らした東京を離れ、奄美大島に移住してからというもの、描く対象やご自身に大きな変化が起こりました。その背景には、島の自然や住民との関わり、集落という共同体で暮らすことなどから得た、さまざまな体験が関係しているようです。

 

 

ミロコマチコ(画家)

1981年、大阪府枚方市生まれ。奄美在住。2004年より活動をはじめ、絵本『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞。『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で第45回講談社出版文化賞絵本賞、『ぼくのふとんは うみでできている』(あかね書房)で第63回小学館児童出版文化賞をそれぞれ受賞。2023年、かごしま県民交流センターにて巡回展「いきものたちはわたしのかがみ」を開催。

 

一目惚れの島

 

 奄美大島の貴重な動植物をポストカードに描いて欲しいと依頼され、初めて訪れたのが6年前のこと。それまで奄美がどこにあるかも知らなかったのですが、空港に降りた瞬間に、この空気がなんだか好きだと思いました。脱衣所に入るときの、もさっと濃い、まとわりつく湿気のような感じが心地良かったんです。たまたま出張に同行していた夫と顔を見合わせましたね。「奄美じゃない? ここなら暮らしてみたいかもしれない」と思えて。まだ何も見てもいないのに。本当に暮らしたい場所なのか、指差し確認をしていくように島内をぐるぐると動き回りました。島を離れる前から次の訪問の予定を決め、翌月にまた来ました。そうして、夫と4匹のネコたちと奄美の龍郷町に引っ越したのが2019年。ここでの暮らしも、5年目になります。

 

 地元の大阪から東京に出てきて11年間の暮らしのなかで、大好きな友人がたくさんできて、自分の視野も大分広がりました。ただ、いつも不安でなんだか頼りないというか。一生懸命やっているから日々は過ぎていくんですが、怖くて怖くて生きていく自信がなくて。ものすごくバリアを張っていて、着る洋服には、必ず「背守り(身を守るためのお守りとして、服の背中側に施した飾り刺繍)」を縫い付けていました。

 

 昼も夜も働いても、24時間空いているコンビニや飲食店があるし、バイク便などが瞬時に飛んでくる。人間の都合で動いても色々が成り立つ。でも、東日本大震災のような危機的状況に陥った時に、都会にいる自分には、生きていくための力が何も備わっていないと実感しました。スーパーが全部閉まったら、何も食べられないし、電気が止まったら携帯電話も動かない。忙しい日々の中で、暮らしを自分の手でやっていない分、世の中が止まると生活できないんです。

 

 その頃は、絵を「頼れる存在」として描いていたような気がします。描くことで、まるで動物たちの生きる力を自分にも取り入れられているような。トラとかゾウとか実在する力強い動物の生き方に憧れて、自分から遠ければ遠い存在であるほど、描いていると安心していました。けれども、誤魔化して生きていくよりも、ちゃんと暮らしがあって、絵を描きたいと思っていました。

 

 

 

自然と自己の繋がりから見えるもの

 

 動物たちはいつだって裸で、身ひとつで何も持たず、餌を自分で取りにいくところがかっこいい。そうなりたい、でもなれない、と悶々としていました。奄美に来てからは、そうはなれない、ひとりでは何もできないこともきちんと分かりました。でも島のみんなは、地域で共同体を作って暮らしているから、ここは大丈夫なんだと思いました。スーパーが近くにあるわけじゃないし、物資を運ぶ船が来ないこともあるけれど、みんなそれぞれが作っている野菜もあるし、魚もそこらへんを泳いでいるし、普段から地域づくりを自分たちの手でしているから木を切ったり、家を修理したりもできる。そんな心持ちで生活するうちに、頼れる対象を描いて不安を誤魔化すことは自然と消えていきましたね。その代わり、なにを取り入れたいだろうと考えたら、島の人の持っている感覚に行き着きました。自然を感じ取る力みたいなものが、欲しいと思ったんです。それが生きていく上で大切だと。

 

 島の人たちは天気予報よりも自分の感覚を信じています。事前の台風警報では、最大限の備えをというアナウンスがあるにも関わらず、近所のおっちゃんは、そんなのは来ないよっていうんです。なぜなら、海から音が鳴ってないからって。実際、その通り、台風はすごく弱かったりする。アカショウビンが鳴いたら梅雨が始まるとか、あの山に雲がかからなくなったら梅雨が終わるとか。生活が自然と直結していると、当たり前のように自然へのセンサーが働いて、次に起こることへの備えができる。自然が身近な暮らしだから、ものすごく大切なことですよね。そもそも、奄美の人は自然に抗いません。敵うものじゃないから。屋根は台風時に吹っ飛ぶもの。対策はするけど、ああ吹っ飛んだ、仕方ないねと受け入れてしまう。そのかわり、簡単に手に入って、自分たちで直せる素材を使う。

 

 人間が主役で、なんでも揃って、なんでもすぐなくなるような世界から抜け出して、自然と人間がきちんと繋がるところにいると、暮らしってこんな風に出来ているんだなって改めて気付かされます。奄美では、みんな感覚を大事にして生きているから、ルールやモノがなくなっても、それぞれがちゃんと動ける。大切にしているものが都会とは全然違って、それがわたしにとっても本当に大切にしたかったことだと、ようやく分かってきました。

 

 

見えてきた<いきもの>

 

 絵を描く行為は、自身の外側に「出す」感覚があると思うんですが、同時に「入れる」感覚もすごく強いんです。描くことは、心を映し出す鏡のような側面もあります。奄美に暮らして、トラやゾウではなくこの島で感じるもの、奄美の精霊みたいなものを描くようになりました。そのものたちと同じように、わたしも自然の一部なんだと実感するし、身近に感じたいからなのかもしれません。

 

 島の人たちは、目に見えない<いきもの>の話をよくします。龍の話もよく出るし、妖怪もいっぱいいるようです。わたしが近くの森の中へ散歩に行っていると知った隣のおじいちゃんは、「その木は妖怪が出るから行っちゃいかんよ」と忠告するんです。子どもを怖がらせるための嘘ではなくて、危険なことや自然のなかに現れる何かを、妖怪と言って、おじいちゃんの中では本当に存在するんですよね。きっとその近くにハブがよく出るとか、なにか危険が潜んでいるんです。風が強い日に海に潜ったら、龍がいたとかも。渦とか風の強さを、龍として感じているんだと思います。

 

 わたしもそうやってこの世界を眺めてみるようになりました。そうしたら、徐々に現れるようになったんです。冷たい風が吹いて、その何十秒後かに雨が降るって気づくようになったりすると、意識して見つけようと思っていた、見えない<いきもの>が、自然と見えるようになってきました。それは私の場合、龍であることが多いです。いつも龍がそばにくっついているようになりました。

 

 龍は、奄美に暮らし始めて1年くらい経った頃からちょっとずつ現れるようになりました。奄美から離れた出張の時もそばにいます。都会だとちょっと感じづらいですね。去年、函館に住む友人を訪ねて青森から船に乗った時は、さささーっと船の横をずっと並走していました。龍の姿は日々変わるんですよ。すごく小さくなったり長くなったり。ずっと寝てばっかりのこともあります。小さい蝶々みたいな時や、ノソノソ動くヤドカリみたいな時もあって、固定された形ではないです。自然そのものというか、それを現している<いきもの>らしきものを、龍と呼んでいます。精霊みたいなものなのですが、「龍」が言葉のニュアンスに近いんです。

 

みんな、そのままで良い

 

 いつも何かと戦っているおばあちゃんがいます。何かをすごく訴えてくるけれども、それは時に攻撃的なパワーとともに他人に向かっていき、ズタボロになって生きている。集落の相談役が周囲の人からお願いされて、おばあちゃんに話をしに行ったので経緯を見守っていたら、「抱きしめたかった」と言いながら帰ってきました。「あのおばあちゃんは『神ざわり』、つまり神様に近い状態になっている。神様が試練を与えて敏感になっているから、周りが見守ったり受け入れたりするしかないね」と。

 

 そういうところが、島は素晴らしい。不思議な人がいっぱいいるんですけど、全部受け入れているんです。間違えちゃいけない、迷惑をかけちゃいけないという心持ちから解放されて、みんながみんなのままでいながら肯定されている。自由で、のびのびとしていて、呼吸がしやすくなったと思う。知らないおじちゃんが手招きしてくれて、お家にあがらせてもらってお茶をしても平気だもんなあ。正解は自分の信じるところにあって、大切なものは自分がどう感じたかなんですよね。科学的に立証されたこととかは大事じゃない。感覚や感性そのもので日々の暮らしが成り立っているっていうのはすごく心強いです。

 

 

画家として集落に還元できること

 

 奄美に暮らしていると、やりたいことがどんどん増えて慌ただしいです。だけど毎日が楽しい。暮らしに向き合って、ちゃんと生きられるようになった感じがします。ヤギやネコの世話もあるし、畑仕事ももっとしたいし、集落の行事にも関わりたい。「種下ろし」という豊年祭りで踊る「八月踊り」の練習もしたいし、謡も歌いたいし、三味線もやりたい。コロナが明けたから、地元の子供たちと絵を描くワークショップもできるようになったし。ひとりになりたい時間もありますけど、コミュニティのなかに入りたいと思うことが、そもそも自分の人生にあるんだと思って驚くし、集団で生きることの喜びを、いま初めて感じています。

 

 みんなで集まって踊る集落の踊りは、わたしたちの背中に、歴史が託されてると実感します。踊りの音頭は、歌い手によってスピード感とか歌詞とか謡い方が全然違うんですが、それぞれに感じ取って、だんだんとひとつにまとまっていく。それがものすごい高揚感で。スポーツも団体行動もしてこなかったわたしが夢中になるほど、びっくりの気持ち良さがあります。

 

 絵の力も、みんな信じてくれます。奄美の人は、音楽や踊りに魂を込めてきたからかな。それでも、島では画家という存在は珍しいので、地域の子どもたちと一緒に絵を描いていくことで、スポーツができたりクラスの人気者じゃなくても、本を読んだり絵を描いたりするのが好きな子や、小さい頃の私がそうだったように、世界と噛み合わないと思っている子たちにも、自分に魅力があることを知ってほしい。すごく楽しそうに絵を描いて生きてる人間がいるんだと知ってもらえたら。子どもたちが大きくなった時に、こんなことが仕事になっている大人もいたなと思い出して、楽しく生きる選択肢が増えたら良いなと。島のみんなに野菜や魚をもらっても、もらいっぱなしで何かお返しできるわけではないから、そういうことで循環して、集落の巡りのひとつになっていたら嬉しいなと思って暮らしています。

 

 あ、そろそろ山にいるヤギのムムとモモを見にいこうかな。良かったら、一緒に行きませんか?